笠間市 生活習慣病内科、認知症治療、女医、あやか内科クリニック

院長挨拶

当院のホームページにお越しいただき、
誠にありがとうございます。


ご挨拶)
この度茨城県笠間市で『あやか内科クリニック』を開業する運びとなりました、白土綾佳と申します。
自治医大出身の医師として茨城県の地域医療に従事し、直前の7年間は笠間市立病院で、生活習慣病や要介護状態の方の総合診療、そしてここ数年は認知症診療にも力を入れてきました。
これからもずっとこの地域の方の健康づくりのお手伝いができますよう、精いっぱい頑張ります。末永くお付き合い頂きますようよろしくお願いします。

プロフィール

静岡県清水市の社宅にて、商社マンの父・専業主婦の母との間に生まれる。
3歳の時に千葉県柏市に引っ越し。
10歳の時に父の仕事の都合で中国北京に移り、3年間滞在
平成 9年   江戸川学園取手高等学校卒業 / 自治医科大学入学
平成15年   自治医科大学卒業
平成15年   茨城県立中央病院にて初期研修
平成17年   北茨城市立総合病院に勤務
平成 19年   城里町七会診療所に勤務
平成 21年  笠間市立病院に勤務
途中で県からの派遣期間が終了するも、居心地がよく市立病院勤務を継続。勤務期間中に
3人の子供を出産し、スタッフや患者さんに温かく見守って頂き子育てをしてきました。

資格) 内科認定医・プライマリケア認定医
セミナー・メディア経歴)(別紙)

性格) 明るくほがらかな母親(そして天然!)と、生真面目で勉強熱心(そして頑固~)な父のハイブリッドで、見事に両方の気質を受け継いでおります。
市立病院の看護師さんには「うちの病院の医者の中で一番男前」と称されておりました。
人とワイワイ話をすることも好きですが、一人喫茶店で本を読む時間も好き。(遊園地以外なら、一人でどこでも行きます)楽天的で前向きだと思いますが、実はかなり小心者な一面も。
趣味:読書・旅行
好きな国:台湾
感銘を受けた本:「夜と霧」(著者はヴィクトール・フランクルという精神科医)
好きな映画:「Life is beautiful」「レジェンド・オブ・フォール」
幸せを感じる時)
1)誰かと気持ちがつながっているな、と感じる時。
2)何かに一生懸命取り組んで、成長している自分を実感する時。
3)美味しいものを食べている時。(食いしん坊です)
  最近は、毎日幸せを感じています。

●私がコウノメソッド実践医になった訳
1)「ずっとここにいます」と言いたい ~継続的な診療の必要性~
自治医科大学の派遣で数年単位で色々な病院や診療所を転々とする中で、患者さんとのつながりが数年ごとに途絶えてしまうことに、ストレスを感じていました。
よい関係を築いてきた寝たきりの高齢女性に、異動するため担当医が変わることを伝えた時に、「いい先生に巡り合えたと思っていたのに、いなくなっちゃうんだね。 先生についていくと言えるような体でもないし。」とポロリと涙をこぼされたことがあります。
当時は医師になって数年のまだまだ未熟な医師でした。人生の先輩が見せた涙に内心ひどく動揺し、こんな自分でも頼って下さるんだと背筋が伸びるような思いをしたことを覚えています。
それ以来、特に高齢の方やご家族に「この先生に最期までずっと面倒を診てもらえるんだ」と安心して頂きたいという気持ちが常にあった気がします。

2)認知症を診たいんじゃない!
  あなたが認知症になっても支えられる医者でいたいのです。

 認知症の講演会などでお会いし、私を認知症ばかり診る医者と認識されている方に「なぜ認知症を専門として選んだのですか?」と聞かれることがあります。
今では認知症という疾患の奥深さにすっかり心囚われているような私ですが、実は最初から「認知症の診療をしたい」と勉強し始めた訳ではないのです。

 卒業して9年目に、特定の科の専門医ではなく総合医(町医者)として生きていこうと決めました。
その時に、これからは目の前の大切な患者さんが困っている症状一つ一つにしっかり対応できる医者になろう、いま目の前の方が一番困っていることは何だろう?と考えた結果、出した答えの一つが認知症だったのです。

 それまでの私は、総合医として働いていても認知症にはほぼ'手つかず'の状態でした。
一般的な教科書にも治療についてはほとんど書かれていないし、何回か専門と言われる科にかかりつけ患者さんを紹介しても正直パッとしない。
認知症は医療の領域ではなく介護の問題という捉え方をして、見ない振りさえしていた感さえあります。

 そんな時に、河野和彦先生という先生の『認知症診療 28の満足』という一般書に出会いました。
衝撃的でした。他のどの教科書にも書かれていなかった、治療のノウハウが書かれており、覚悟さえ決めれば小さな診療所の医者でも認知症をよくすることは出来ると書かれていました。
こちらの覚悟を問うような、大変な本を読んでしまったと思いました。

 少々ためらいながらも、目の前の患者さんや家族は病気から逃げることは出来ないのだから、自分も逃げずにしっかり向き合おうと覚悟を決め、コウノメソッド実践医になりました。
 県内初のコウノメソッドによる治療ということで茨城新聞に取り上げて頂いたことで、駆け出しのもの忘れ外来があっと言う間に数か月待ちになったり、あちこちから講演の依頼を頂いたり。
内心「私でいいの?」と思いながらも、何が起きたか本人にもわからないほどの慌ただしい日々を送ることになりました。

医療設備が整っている訳でも近くに指導医がいる訳でもない中でもの忘れ外来を立ち上げたことについて、勇気がありますね、さぞ苦労があったでしょうとよく言われます。
でもここだけの話、実はあまり大変ではなかったのです。
「そんなにいいものならやってみよう!」という熟考しない(できない?)おっちょこちょいの性格が、今回ばかりは吉と出ました。
市立病院は幹部の方、現場のスタッフ共に非常に協力的でしたし、コウノメソッドは治療としての完成度が非常に高く、マニュアル通りに治療すればとにかく本当にすぐに患者さんが良くなるので、毎日楽しくて仕方なかったのです。
師匠である河野先生が、名古屋にいながらも治療に難渋してメールでご相談すると数時間以内にアドバイスを下さると安心感も大きかったです。

最初の数か月間で、これまでの医者人生10年分を軽く上回るほど、患者さんやご家族に「ありがとう」という感謝の言葉を頂きました。
患者さんの改善を、内心誰よりも驚きをもって眺めていたのは主治医でした。
ご本人や家族、介護スタッフとの間に仲間のような絆意識が生まれ、たくさんの笑顔に囲まれ、医師として毎日大きな幸せを感じています。
コウノメソッドに関心がある院内院外の同志の輪も広がり、診察室の中から、地域へと、視点が広がっていきました。
また認知症や寝たきりの方の問題がメディアでクローズアップされるにつけ、ちょっとしたもの忘れも「認知症の始まりではないか」、少しずつ体力が落ちていることに「寝たきりになったらどうしよう」と不安を感じる中高年の患者さんが増えてきている気がします。
楽しみながら予防としてやれるべきことをしっかりとした上で、過度の不安を感じずに人生を謳歌して頂くために、今の自分には何ができるのか…。最近は「予防」「アンチエイジング」という視点からも取り組みを始めています。

c笠間市 あやか内科クリニック